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20200508 致知が届いた

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致知が届いた。

致知(ちち)とは雑誌である。

人間学を学ぶ月刊誌である。

毎月購読している。

2020年6月号の10ページに、吉田松陰の言葉が書かれていた。

安政元年三月二十八日、松陰は伊豆下田の牢にいた。

松陰は牢番にお願いをした。

『手元に読み物がない。何か書物を貸してもらえませんか。』

牢番は驚いて言った。

『あなた方は大それた密航を企み、捕まっているのだ。どっちみち重い刑を受けるのだから、何も檻の中で勉強しなくてもいいではないか。』

松陰は答える。

『ごもっとも。それは覚悟しているが、お仕置きになるまでまだ時間がある。それまではやはり一日の仕事をしなければならない。

人間はこの世に生きていれば一日の食物を食らい、一日の衣を着、一日の家に住む。それであるから一日の学問、一日の事業に励んで天地万物のご恩に報じなければならない。これが納得できたら、ぜひ書物を貸してもらいたい。』

牢番は感心し、松陰に本を貸した。

『きょうこの時の読書こそ本当の学問だ』

そう松陰は言ったという。

このエピソードに対し、渡辺昇一氏は次のように述べている。

牢に入って刑に処せられる前になっても、松陰は自己修養、勉強を止めなかった。

無駄といえば無駄なのだが、これは非常に重要なことだと思うのである。

人間はどうせ死ぬものである。

いくら成長しても、最後には死んでしまうことに変わりない。

この『どうせ死ぬのだ』というわかりきった結論を前にして、どう考えるのか。

松陰はどうせ死ぬにしても最後の一瞬まで最善を尽くそうとした。

それが立派な生き方として称えられているのである。

 

吉田松陰の言葉、そしてそのエピソードをもとに語る渡辺昇一氏。

先人の生き方や考え方から学ぶことは計り知れない。

自分自身を見つめてみる。

未熟な心に改めて気づかされる。

息をするように読書をしている境地まで辿り着きたい。

 

『致知』という月刊誌を毎月購読して3年ほどになる。

この雑誌を読むといつも弱き自分に気づかされる。

先達の生き方に触れることができたことに対する感謝の念で今日も眠る。

 

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