毎日トイレ掃除210|朝活138|父親への悩み相談

【トイレ掃除】

中学二年の時にした父親への悩み相談

『平澤興講話選集「生きる力」』より

今から五十年くらい前でありますが、
私の家では絶対的な、いわゆる正しい意味での
自由主義でありました。

中学から先は、朝は絶対起こしてくれません。

たとえ朝寝をしていても絶対に起こしません。

なぜなら学校へ行くくらいのことは
自ら考えてやるべきことでありますから、
自分で考えろということであります。

私は中学二年の時に、ちょっとした悩みがありまして、
父のところに手紙を書いて送りましたら、

「それは自分が考えて決めなさい。
お父さんはお前が考えてよいということなら賛成だし、
考えて悪いと思うことには反対である」

とそういうふうなことが書いてありました。
その時は、誠に愛想のない手紙だと思いましたが、
今にして思いますと万事そうでありました。

そのかわり、専門を決める場合にも
何をやれとかどこへ行けとかいうことは
一切干渉をしません。

「お前が考えて正しいと思うことは父も賛成である、
お前が考えて悪いと思うことは私も反対である」

そう言われると、考えざるをえないのであります。

今にして私は、ずいぶんと自由というなら
これ以上の自由はないと思うのでありますが、
私の父に感謝するのであります。

中学時代からほとんど相談といっても
だいたい自分で考えて
「こうしようと思うがどうでしょう」
という程度でありました。

「どちらの方がいいか」という相談は、
ほとんどしたことがないのであります。
これはまあ私には少なくとも、
たいへんありがたいことでございました。

結局、よいとか悪いとか、
やってはならんとか、
やるべきとかいうようなことは、
自ら考えて自分が自分に最後の命令を
出すものであろうと私は考えております。

その意味では教育にはふたつある。

ひとつは他人から受ける教育であり、
もうひとつのほうは自分が自身に与える教育だが、
その方がより大切であるというギボンの言葉は、
本当だと思います。

世の中いろいろなことがありますけれども、
結局は幅の広い生活は、もしそこで負けなければ、
人生はより深くなるのであります。

ですから単調な、いわゆる苦労のない生活よりも、
苦しくとも幅のある生活をしておる方が、
人間の一生としては大きいと思います。

しかし、それには自分に対する
しっかりした決定力を自分自身が
もたねばならんと思います。

ですから、環境は大事だと申しましたが、
人間にとっては環境そのものではありません。

環境に対する反応をいかようにするかと
いうことが大事であります。

そのことは自らの判断と自らの意志の力だと思います。

しかしこれはありがたいことに、
いくつになってもそう簡単ではありません。

自らが自らに与える教育というのを
しっかりと手にもつということは、
七十の我々にとっても決して
簡単なことではないのです。

したがって若い諸君には
さらに困難であろうと思いますが、
結局練習であります。

ひとつお互いにがんばりましょう。

自立には次の力が必要だと考える。
自己管理能力、自己調整力、自己教育力である。
上の引用文はそのことを物語っている。

毎日トイレ掃除210日継続

今日も特に変わりなくトイレ掃除をした。
この先、何か変化はあるのだろうか。

朝活138日継続

朝読書を継続して138日。
短い時間でも続けることでいつしか大きなものとなる。
実感している。

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